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    「僕はクレーが済んでから行つたんでね、もう終りで相沢の馬が勝つところだけをちよつと見たよ。――相沢、得意さうだつたぢやないか」

    黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつているとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。

    ふと気づくと、玄関に人が立つていた、半シャツの男だ。瞬間、又来たな、と思つた。

    と、練吉は房一の方をふりむいた。

    「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」

    と、房一は訊いた。

    房一は刃物で突く恰好をしてみせた。

    「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」

    後で馬がいないと云ふので騒ぎだつた。

    「相手は誰です?こゝの御隠居ですかい」

    銹さびのある低い声で入つて来る客に叮重に挨拶しながら、その度に手を袴の下から出して奥の間へ誘つた。この「さやうで御座ります」といふのが直造の口癖だつた。しかも、その言葉を口にするごとに、彼の痩身なだが骨太な身体は慇懃いんぎんに前こゞみになつた。それはこの身動きと言葉とがぴつたりとくつつき、いやそれ以上に全く同一物と化したやうな趣があつた。

    「うん」

    「あれですかね、やつぱり自分で歩かなくちやいけませんかね」

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